キラパンと戯れる僧侶の心得

paniri

 先日書いたばかりの僧侶のお話。闘戦記を遊ぶ上でアレが何かの足しになっていれば幸いだが、今日はひとつ補足をしたいと思う。鍵を握るのはキラパンだ。

 というのも、くだんの記事に書いた僧侶の立ち回りは、基本的に「人間4人」のパーティを想定しているからだ。

 そこにキラパン、つまりは前衛AIキャラが加わった場合、必然的に戦術が変化する。今日はそれについて少しおしゃべりしたい。
 

キラパンの立ち回り

 自由気ままな猫ちゃんであるキラパン。彼は基本的に同族(?)であるローガストと戯れようとする。ダメージレースがレギルラッゾに傾いた場合のみ骨にむしゃぶりつこうとするが、これは滅多に起こらない。

 つまりキラパンは終始ローガストの近くにいる。これが何を意味するか。そう、人間パーティなら僧侶がよくやるところの「行動再選択の阻止」を、高頻度でキラパンがやってくれる、いややってしまうのだ。

 もちろん代償はある。彼の命だ。
 

キラパンの回避力とその限界

 ここで少しキラパン君の挙動を確認しておこう。

 キラパンは「狂い裂き」「獄門クラッシュ」以外の回避可能攻撃はきちんとよけようとする。自分の行動がまだ準備段階ならキャンセルして回避することさえやってのける。近距離からのウィスパーですら、人間にはよくわからない安全地帯をかぎ分けて回避してたりするから侮れない。先日書いたいなずま型としっぷう併用型の生存率の差はこういう時によく出る。

 ただし、しっぷうにせよいなずまにせよ、キラパンの攻撃にはそこそこ硬直がある。ココに敵の攻撃が重なった場合は被弾する。そして当然ながらキラパンは敵に対する「後出し」などしないので、結局はけっこうな率で範囲攻撃に被弾するのである。また複数の回避可能攻撃にさらされた時も、パニックになって被弾することが多い。

 これが、命を代償に「行動再選択を阻止」することの中身だ。僧侶が自分の死を避けつつコレができると仮定するなら、基本的に「マイナス要素」と捉えねばならん。
 

誘導を困難にするキラパン

 困ったところは他にもある。ローガストが足を止めた時など、ウィスパーの可能性をかぎとって僧侶が方向誘導に行きたいシーンがある。

 ところが、ローガストのそばにはキラパンがいる。少なくとも彼よりもローガストの近くに行かなくては誘導はできない。蘇生後の無敵状態であれば構わず近づいてもいいが、そうでない場合コレは危険だ。


 ここまでをまとめよう。キラパンとパーティを組んでいる場合、先日書いたような僧侶のお仕事はなかなか成立しなくなる。キラパンが死んでいる間、そしてローガストが想念化したあとはいつも通りになるが、頑張っている間は話が変わってくるのだ。
 

キラパンの運命を先読みすること

 いっぽうで捉え方を変えれば、キラパン君の存在は戦場をわかりやすくする。なぜなら人間の仲間以上に、彼の行動そして彼の運命は読みやすいからだ。

 たとえば「狂い裂き」の文字を確認した時点で彼の被弾はほぼ決まっている。置きザオに行くのもたやすい。もちろん聖女の有無やみかわし発動を確認する必要はあるのだが。

 また、方向誘導がしづらくなるとはいったものの、「だいたい常にキラパンが一番近くにいる」のであれば、ウィスパーはキラパンの方向に来やすいと予想することができる。つまり彼の後ろにいないようにすれば必要外の被弾を減らせる。いわばデコイである。

 ん? デコイじゃと? ならばそれをいっそう活かす術がある。キラパン君きっと似合うからこの鈴を付けたまえ、てな具合にウマいことひきよせの鈴を与えれば、彼の運命はさらに固定化する。有望な「置きザオ」対象である以上、そこにターゲットが集中することは願ってもない。

 人間パーティであれば僧侶にひきよせる選択肢も有力な気がするが、キラパン入りの場合は彼にひきよせてもらうのも十分アリだと思う。ただしその場合キラパンの担う火力が減るので、僧僧天ではなく僧占天などの構成でないと攻撃面が厳しくなるかもしれない。 
 

おわりに 立ち回りのお話の限界

 というわけで単純化して言うと、キラパンと一緒にいる僧侶は誘導などの仕事が減る(できなくなる)かわりに、思うようにいかない彼の挙動に足並みを合わせ、その最も死にやすい味方へのカバーを大事にする必要が出てくる。ここにカカロンとの連携も加わってくるので、ハッキリいうと結構キツいぞ。
 

 さてさて、前回の記事への反応の一つとして「僧侶ってこんなに複雑なの? できる気がしないよ」というものがあった。まさにアンいり君が僕に僧侶をブン投げた時と同じものである。

 じつは、立ち回りの話を文章化することにはジレンマがある。というのも実践においては、そんな論理をいちいち頭に思い描いているワケじゃないからだ。繰り返し遊んでいるうちに形成された「こう動くとよさそう」という判断の集合を、あとづけで文章にしているだけなので、これを逆順で処理しようとしても過剰に「複雑」に見えてしまうのは必定だからだ。「言語」と「文法」の関係みたいな話である。文法だけから生の言語へ接近するのは難しい。先にあるのは言語の方だからだ。

 ゆえに、僕の文章に限らずこのテの話は、まるっと信頼するという読み方をするよりも、自分の遊び方のなかに何かヒントを取り入れるくらいの気持ちで扱うことをオススメしたい。立ち回りは「そのつど必ず報われる」ものでも「常に理想的に実践できる」というものでもなく「全体で見た時に少しずつ活きてくる」という質のモノだ。エンドコンテンツの攻略がカンタンなハズはないけれど、疲れない程度に少しずつうまくなっていこう。