納得のいくハウジングを完遂するために

 ハウジング界の進歩はめまぐるしい。最前線に立っている人ですらそうおっしゃる程なので、門外漢にはもはや「目で追えない」ような速さである。今日も世界のどこかでは、また新たなハウジング大作が世にお披露目されていることだろう。

 さていっぽうで、こうした勢いに圧倒され、「自分」と「ハウジング」との距離が刻一刻と遠のいていると感じたことがあるのは、決して僕だけではなかろう。匠たちによる超絶完成度の作品を堪能したあとでは、自身のハウジングが「見劣りしてしまう」、あるいはハウジングには「膨大な労力が必須だと思い込む」ことで、ついつい「自分にゃ無理だ…」と思いがちなのだ。

 けれども、本来ハウジングはもっと気楽な遊びである。要は、頂点のレベルに圧倒されず、「自分で納得できるモノを完成させる」ことさえ出来ればいいワケだ。関門は2つである。「無事、完成までこぎ着ける」ことと「完成品の出来栄えに自信が持てる」こと。

 さて、チームを設立したことで、かりんとも自宅をチーム集会所にふさわしい雰囲気に改装することになった。もともとは「自分にゃ無理だ…」と軽々に決めつけていた勢の代表として、「不慣れでも、愛すべき家作りを完遂する」ためのコツについて考えてみたぞ。
 

労力の見積もり

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 ハウジングに掛けられる「労力」には果てがない。凝ろうと思えばいくらでも凝れてしまう。しかし、人それぞれ使える労力は有限である。まず「完成させる」ことに第一義があると考えれば、そうした自身の有限資本と折り合いをつけていかなきゃならない。

 さて、上の写真は直近かりんとが作った集会所ハウス。入口から奥にむけて撮ったものだ。自分では十分「納得」できるモノに仕上がった。そして、この写真一枚の中にも省労力の跡がある。

 まずは、使用する家具の種類をかなり限定したという点。椅子や机、ラグなどの家具はほんの1、2種類を使いまわしているし、柱や壁などの建材もほぼ同様だ。

 「コレ使いたいッ!」という思いの赴くままに家具を増やすと、それらを違和感なく配置する難易度はグングン上昇する。すると、「ウーン、なんか違うぞ…」と悩む機会も増え、そのまま挫折の原因となる。使いたい家具を厳選するのが第1のコツだ。

 次に、空間を気持ち狭めに使っている点。かりんとの家は「大きなお城の家」なので、本当は家具設置空間がかなり広い。写真では、壁で遮って室内をわざと狭く使っている。ハウジングは必ずしも「広いほど難しい」とは言えないものの、やはり広い部屋は全体のイメージがばらけやすく、また「空間を埋めなきゃ」という意識に囚われやすくなる。つまり、「未完成感」に惑わされやすい。やや限定された空間にすべての力を投下した方が、出来上がりに「納得しやすい」ハズだ。

 ちなみに、上の写真では空間を狭く遮ったかわりに、奥へ行くほどスペースをやや狭める壁配置で奥行き感を増し、実際より広めに見せるというちょこざいテクニックを使っている。これは部屋をやや台形に取るだけのことなのでカンタンだ。

 最後に、空間をあまり分割していない点。複数のテーマやイメージを埋め込むために空間を人工的に区分する、というのは上級者なら当たり前にやっているハウジング術である。けれども、初心者がうかつにコレをやるとテーマとテーマが衝突したり、そもそも区分線がよくわからなくなったりして、いともたやすく部屋が「ゴチャッ!」とする。ひとたびゴチャッと散らかってしまえば収拾がつかなくなり、整頓しようという気概すら失われてしまうことは、君自身の部屋を見渡してもらっても明らかじゃないか? んん?

 さらに、区分するのに壁や柱を多用するとカメラの挙動もおかしな具合になって、やっぱり「ゴチャッ!」とする。上級者はこの問題すら、カメラが裏周りしない家具を利用して乗り越えてしまうようだけれど、初心者には難問だ。空間の区分は2つくらいに留めるか、いっそのこと全く区切らずワンホールと決めたりした方が何かとラクチンなのだ。
 

それでも守るべきポイント

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 さて、ここまではいわば「手を抜くべき」ポイントについて書いてきた。ここからは逆に「それでも労を惜しまない方がいい」ポイントについて。完成が第一義とは言ったものの、果てなく労力を省けば「愛せない作品」が完成してしまう。クオリティのために、「ここだけは労力を費やす価値があるぞっ」という要素も見定めておきたいのだ。

 1つ目は、全ての家具は別の家具との関連において設置すること。言い換えれば、その家具がそこにある必然性を自分自身が理解しておく、ということ。コレは家全体の調和を保つことのみならず、自分は確かな意味を込めてハウジングしたのだと自覚することで、完成品とその出来栄えに愛着を持つために役立つのだ。逆に、「ただとりあえず置いてみた」という家具は、たとえ家と調和していても後々「手抜きの象徴」のように思えてきて、納得感の減退へと繋がりやすい。

 2つ目は、僕はこれが何よりも大事だと思うのだが、色味への配慮だけはできる限り怠らないということ。ちょっと極端な言い方をすると、ハウジングにおいて「取り合わせの悪い家具」というものは実際には無く、「取り合わせの悪い色」というものがあるだけなのだ。「この世に悪女なんていない、ただ悪いヤツがいるだけさ」みたいな話である。色のテーマを守るか守らないかという1点は、他の何にも増して完成品のクオリティを左右する。

 とはいえ、色彩のルールもまた突き詰めていくと果てがない。労力は有限だということを思い出して、ごくシンプルな決め事に留めておくべきだ。僕の守っているルールは単純で「家具は内装を含めて、まずはできる限り同系色でまとめる」ことと、そこに「アクセントとして1色ずつ足してみて、様子を見る」といった具合だ。とにかく「室内に新たな色が増える」ことについては慎重になっておくのだ。

 上の写真で言えば、最初は茶系の家具だけを置いて、そこへ緑を足してみて、さらに調子に乗って深い青を加えてみたという流れでこうなっている。ここだけは本当に慎重に調整したおかげか、色彩の資格持ちの妻からも「納得!」印鑑を押してもらえたぞ。

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 じつは、省労力の項で書いたコトと、色彩の話とは思いっきり連関している。「家具の種類を限定する」ことや「空間を分割しすぎない」ことは、迂闊に色彩のルールを破ってしまわないためのセーフティとして自動的に機能する。結局のところ、今日書いた全てのお話は「気楽なハウジングを目指しつつも、全体の調和だけは保ち続ける」という一点へと集束するのだ。

 この記事、もともと「チームハウス作ったよ」というダラダラした日常系にするハズだったのだが、いつの間にかぷくぷくと話が膨らんで読み物系になってしまった。実は1年くらい前、旧ブログの時から真剣なハウジング記事を書きたいと思っていたのだ。図らずもその思いがここで噴出してしまった次第だ。普段の攻略系記事よりよっぽど書くのに苦労してしまったぞ…。